二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2022.07.14
前編 「福祉型カレッジ」創設
~学びの機会を創造し、豊かな社会に~(前編)
ゆたかカレッジは<すべての人が共に学び、共に働き、共に暮らすインクルーシブ社会の実現>を目的として設立された、障がいのある青年たちが学べる「福祉型カレッジ」である。同カレッジを運営する株式会社ゆたかカレッジの長谷川正人代表取締役社長に事業への思い、今後の展望などを訊いた。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 2012年に「福祉型カレッジ」としてカレッジ福岡をオープンされました。制度上は障害者総合支援法に基づく就労移行支援および自立訓練。その中で、事業内容は教育に重きを置いているんですよね。
長谷川正人: はい。厚生労働者の障害福祉サービスを活用し、教育事業を手がけています。学費、授業料は全額公費となるため利用者に自己負担がほぼありません。特別支援学校高等部、通信制高校・サポート校、中学校特別支援学級の卒業生、あるいは離職中の方などがゆたかカレッジに入学します。一般の4年制大学と同様に、ゆたかカレッジも4年をかけて社会への適応力を身に付ける学び舎になります。
二宮清純: 事業を始めたきっかけは?
長谷川: 10年前、重度の知的障がいがある私の娘が、特別支援高等学校を卒業する際、"成長がゆっくりだから、まだ社会に出るのは早いんじゃないか"と思ったんです。しかし当時は卒業後に進学するところがなく、特別支援学校に留年をお願いしてみても認められず、福祉作業所で働くという選択肢しかなかった。それで自立訓練と就労移行支援を組み合わせた「4年制の学校」をつくろうと考えたんです。法律などを勉強したら実現可能だとわかり、その時はとてもうれしかったですね。
伊藤: 法律上で実現可能とはいえ、前例のないことですからなかなか理解を得られなかったのでは?
長谷川: そうですね。役所の担当課とは相当バトルしましたよ(笑)。まず「カレッジ」という名前を「福祉なのになぜカレッジなんですか」と。私たちは「自立のためにいろいろなことを学ぶんだからカレッジです」と譲らなかった。それで副社長が「福岡県内にある"○○学園"という施設名を全部変えたらカレッジという名を取り下げます」と言ったら、次からは「カレッジ福岡」として認めてくれるようになったんです。前例がない事業でしたから、時には意見を戦わせることもありましたが、ここまで頑張ってきました。カレッジをスタートして10年になりますが、常に戦いの連続ですね。
【就職率100%へ】
伊藤: 2017年に株式会社化したのは、なぜでしょうか?
長谷川: ゆたかカレッジは知的障がいのある人たちの大学のような場所です。海外で知的障がいのある人の教育について調べると、国連の障害者権利条約で、大学進学が権利として明文化されている。しかし日本では、知的障がいのある人の大学進学は極めて少ない。それを知った時に、"これは全国展開しないといけない"と思ったんです。2014年に東京進出し、2017年には生徒数が100人を超えました。当時、私は九州の社会福祉法人の理事長と、都内のゆたかカレッジの経営を兼務していました。社会福祉法人は社会福祉事業を行うことを目的としているのに対し、株式会社は事業目的が自由。福祉事業に参入することも可能なので、カレッジ部門を株式会社化して切り離した方が、意思決定や事業を進めるスピード感が上がると考えたんです。
二宮: 現在は全国に何校あるんですか?
長谷川: 東京と神奈川に4校、千葉、静岡、埼玉に1校ずつ計11校。いずれは全国展開も考えています。これまでの社会は、知的障がいのある人に対し、教育よりも手に職を付けさせることが優先されがちでした。ゆたかカレッジの存在が、その考えを少しでも変えるきっかけになれればと思っています。
伊藤: 日本国憲法の中には、基本的人権の尊重として、「教育を受ける権利」があります。障がいのある人の教育についてはある意味、憲法違反のように思えますが。
長谷川: おっしゃる通りです。知的障がいのある人の特別支援学校高等部を卒業した後の進学率は0.7%しかないと言われています。99.3%は福祉サービス事業所か一般就労です。残念ながら学ぶという選択肢がこの国にはない。それは本当にもったいないことです。
二宮: ゆたかカレッジの卒業生の就職率は?
長谷川: 72.1%です。第1期生から7期生までの進路は、一般企業か、一定の支援がある職場で雇用契約を結んだ上で働くことのできる就労継続支援A型事業所への就職。残りのほとんどである27.1%の卒業生は、事業所と雇用契約を結ばず、就労訓練を行う福祉サービスの就労継続支援B型事業所に進みました。B型事業所に勤める子でも、さらに2年学べば、一般企業やA型事業所で勤められるかもしれない。それで、この春からB型事業所をゆたかカレッジ内に順次開設予定で、既に早稲田と横浜キャンパスではスタートしています。キャンパス内にB型事業所をつくることによって、職業訓練を行って就職率を最終的に100%にするのが現在の目標です。
伊藤: 6年間通えるのですね。大学院の様です。卒業生が再入学することも可能だと伺いました。
長谷川: 卒業生の職場定着率は90%近い。離職する人の理由は本人都合よりも、家庭や企業の都合のケースが多いんです。離職した後でも、カレッジに戻ってくれば4年次として就職活動を再トライできる仕組みになっています。更に私たちのカレッジでは、同窓会活動として年に数回集まる機会を設けています。だから卒業生の様子がわかる。いわゆるひとつの家族。その家族たちを生涯サポートしていきたいと考えています。
(後編につづく)
<長谷川正人(はせがわ・まさと)>
株式会社ゆたかカレッジ代表取締役社長。1960年、福岡県出身。1983年、日本福祉大学社会福祉学部卒業、2012年同大学院社会福祉学修了。入所施設指導員として7年間勤務した後、1991年に社会福祉法人「鞍手ゆたか福祉会」を設立。2009年より同法人の理事長に就任した。2017年に株式会社ゆたかカレッジを設立し、現職に。知的障がいのある人たちに高等教育の機会を保障するため、全国にゆたかカレッジを拡大中。現在、東京、神奈川、千葉、埼玉、静岡で11校のゆたかカレッジを運営している。主な著書に『知的障害者の高等教育保障への展望』(クリエイツかもがわ)がある。
ゆたかカレッジHP
(構成・杉浦泰介)