二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2022.08.18
前編 可能性を広げる「レル」
~未来に届けるモノと技術~(前編)
有限会社さいとう工房は、<どのような障がいがあろうとも、内に秘めた可能性を引き出し、生き生きと輝ける人生を謳歌できるように、常に応援し続ける存在でありたい>をビジョンに掲げる電動車いすメーカーだ。東京都墨田区にある町工場で、重度の障がい者一人ひとりに合わせたオーダーメイドの電動車いすの改造・開発・製作・修理などを行っている。その事業は国内にとどまらず、発展途上国に電動車いすを寄贈し、現地に赴いて整備技術を伝授するなど、国外にも展開中だ。斎藤省代表取締役社長に事業への思いを訊いた。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): さいとう工房を創業したきっかけは?
斎藤省: 私は幼少期貧しく惨めだったこともあり、認められることを求め、競争社会で勝つことや、お金を稼ぐことばかりを目的に生きていました。高校時代からモーターレースに出場し、自動車の整備士になったのも、勝てるものに改造し表彰台の真ん中に立ちたかったから。24歳の時にボイラー整備会社を設立したのも、"社会に認められたい"と思っていたからでした。しかし、30代になって「魂主義」という概念に出合ってから人生観が変わりました。「自分が競争に勝つため、儲けるために使っていたモノづくりの技術を、障がいを持って、困っている人の役に立つために使いたい」と思うようになったんです。
二宮清純: その思いが、さいとう工房の設立につながっているんですね。
斎藤: そうです。まず私は障がいのある人のことを何も知らなかったので、障がいのある人の送迎や旅行企画を運営する会社に就職しました。その仕事を通じて車いすユーザーが求めていることを知り、福祉機器の開発をするようになったんです。例えば、手が不自由で鍵の開閉ができない車いすユーザーのためにリモコンで開閉できる玄関錠を作りました。自力では車いすに乗れない方には車いすへの電動トランスファーリフトの製作も。そこから1994年1月に、重度の障がいがある人たちを対象にした福祉機器の開発や製作、電動車いすの改造などを行う、さいとう工房を創業したんです。
二宮: 車いすの改造はご自身で?
斎藤: はい。高校時代からバイクや自動車をいじるのが好きだったんです。新車を購入することができなかったので、廃車となった2台のバイクを分解し、1台のバイクに組み立て直したこともありました。ただ、そうした作業を経験したことが今になって、とても役立っていると感じています。何でも手に入る恵まれた環境にいたら、今、並行して行っている、途上国への車いす技術の伝承はできなかったかもしれません。
【先進福祉都市へ】
二宮: それくらい手先が器用だったんですね。
斎藤: そうですね。小さい頃からモノづくりや機械いじりが大好きでした。車いすにおいても、最初は市販の電動車いすを改造していたんです。なぜなら日本の車いすは比較的安価ではあるが移動のためのものであり、自立するという視点で作られていなかった。そこで、身体を休めたり、日常生活を広げる機構を付けたりしていました。一人ひとりに合わせて改造することで、車いすユーザーの生活がもっと便利になるような手助けをしたかったのです。しかし一人ひとりに合わせた車いすは手間がかかり、多くの方々には対応できませんでした。
伊藤: 今はオーダーメイドだけではなく、多くの人が使用できるような電動車いすも開発されているそうですね。
斎藤: そうなんです。2010年からは日本の生活様式に合わせ、独自のものを作り始めました。それが多機能電動車いすの「レル・シリーズ」です。屋内、屋外で使用できるオールラウンダーな6輪型電動車いす。6輪型なので、従来の車いすと比べて約半分の幅でUターンができます。中輪駆動により身体を中心に回転でき、狭い日本のマンションや職場で力を発揮します。「レル」という名は、諦めていたことを「やレル」、叶わなかったことを「叶えらレル」など、可能性が広がる象徴として付けました。自分でできることが増えると、生きがいが増えていく。それでどんどん元気になっていく人もいます。
二宮: 失いつつあった自尊心を取り戻していくんでしょうね。
斎藤:それを目指しています。2015年4月には、より多くの人と出会い、多くの知恵を結集できる場として「レルCommunity」を開設しました。障がい当事者、福祉団体、官・民・学また年間15~20カ国の障がい当事者や行政官の方も来訪し貴重な意見交換の場にもなっています。また毎月、「レルカフェ」という交流会(現在Zoomにて)を開催しています。そこでは社会の課題解決を目指し、希望ある次代を創ろうとしている方たちにプレゼンをしていただき、障がい者就労を手助けする「おそうじ車いす」なども生まれました。
伊藤: 新たなアイディアが生まれるきっかけにもなるでしょうし、製品や活動にも広がりが生まれますね。
斎藤: はい。車いすを通じて、障がいのある人や高齢者のできることを広げ、社会と多く接する機会を創出する。我々は誰もが差別されることなく共生できる社会を目指します。これからも新しい福祉機器を生み出し続け、先進福祉都市として世界に誇れるまちづくりに貢献していきたいと思っています。
(後編につづく)
<斎藤省(さいとう・しょう)>
有限会社さいとう工房代表取締役。1948年、東京都出身。1966年、都立府中工業高校機械科卒業。高校生の時からモータースポーツの競技大会に110回以上出場した。1972年、24歳の時に友人と株式会社東海熱学研究所を設立。専務取締役を務めた。1992年、ハンディホイラーに入社し、障がいのある人の送迎や旅行企画を運営した。1994年、さいとう工房を設立(2000年に法人化)し、電動車いすをメインに障がい者の自立機器を開発・販売をしている。2004年頃より、来日した発展途上国の障がい者に車いすを提供する活動を始める。2011年には、NPOさくら車いすプロジェクトを創設し、途上国における障がいのある人の自立生活支援に尽力している。2015年、「レルCommunity」開設。毎年様々な学校や障がい者団体また15~20カ国の障がい当事者や行政官が来訪している。毎月開催している交流会「レルカフェ」を通じ、新たなアイディアや取り組みを発信している。モノづくりを通じ、国内外のインフラ整備、共生社会実現に力を注ぐ。好きな言葉は「そうだとしても、こうすることもできる」。
(構成・杉浦泰介)