二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2022.09.29
後編 アスリートが繋ぐ地域との縁
~サスティナブルなパラスポーツ支援を~(後編)
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 御社では13人のパラアスリートを含む18人の現役アスリートが社員として所属しています。アスリート雇用を始めたのは2015年。そのきっかけは?
倉田秀道: 2014年、経営企画部内にスポーツチームが立ち上がり、パラスポーツ支援をスタートしたばかりの時のことです。その年の秋、あるパラスポーツ大会に行った際、観戦する弊社の社員たちの様子を観て思いました。日本代表の場合は応援が盛り上がっている、一方、そうではない場合にはクラブチームの試合で長く応援観戦する社員が少ない、"もっと長い時間観戦して盛り上げるにはどうしたらいいのか""もっと応援してもらうためには何かが足りない"と。そこで気付いたのが、思い入れを持って応援できる対象が必要ということでした。スポーツの主役は選手ですから。すぐに人事部に「アスリート雇用制度をつくってください」と直談判しました。
二宮清純: 身近な人が出ていた方が応援にも熱が入りやすいと考えたわけですね。その所属アスリートたちの雇用形態はどうなっているのでしょうか?
倉田: アスリート雇用の選手たちは嘱託契約の社員となります。当社の社員雇用制度に全域型、地域型、契約、嘱託と4つの職種がある中で、なぜ嘱託にしておくかというと、他の職種ですと人事制度の枠組みが固定されているため、海外遠征の補助金を出したりすることが難しいからです。
二宮: 嘱託の方が柔軟に対応できるということですね。
倉田: はい。アスリートを採用する際、大事にしていることが3つあります。1つはデュアルキャリア形成。競技はもちろんですが、社内業務と両立することで、選手のステップアップに繋がると考えています。2つ目は地域で選手をサポートすること。全国各地の支店に勤務し、地域に根付いた活動をしてもらいます。それを支店や取引先、そして地域のみんなで支え合う。3つ目はセカンドキャリアの整備。現役引退後の継続雇用の中で2つのキャリアプランを描けるようにしています。1つが通常の社員のように全域型、地域型というキャリアの道に向かうケースと、もう1つが競技経験を生かした活動をしつつ業務に励む、というもの。
二宮: 御社所属の車いすバスケットボール日本代表の秋田啓選手が、8月30日にドイツ・ブンデスリーガのケルン99ersへの移籍を発表しました。彼の契約形態は?
倉田: 彼もアスリート雇用ですので、弊社の社員のままドイツに行きました。これまでは岐阜の損害サービス拠点に配属されていましたが、今後は現地法人であるあいおいニッセイ同和ヨーロッパのケルンの事務所が彼の勤務地となります。そこで勤務しながらドイツの車いすバスケットボールリーグでプレーするというカタチです。
二宮: 過去にこういったケースは?
倉田: 弊社では初めての試みです。30日に記者会見を行った際、メディアの方からプロ契約でもなく所属企業に在籍したまま行くケースは初めてだと言われました。日本代表としての国内合宿や試合で国際大会に出場する際の移動費は、通常、連盟の負担になりますが、それ以外で帰国する場合には当然自己負担となります。現地での生活に関することも然り、選手の自己負担を軽減するため、一部弊社が負担するというバックアップも考えています。
【"なじんできた"パラスポーツ支援】
二宮: 秋田選手をはじめとした車いすバスケットボール選手たちの活躍は、彼と同じように事故に遭ってケガをした人たちの励みになりますね。
倉田: そう思います。車いすバスケットボールに限らずパラスポーツの選手の存在は大きい。私どもの社員が出る大会に応援に行くと、一般の障がい者雇用の人たちも応援に来てくれます。選手たちはその応援が力になり、応援に参加した社員たちは選手の頑張りを観て業務の励みになる。いい循環が生まれていると感じています。
伊藤: これまで、やってきたことが会社に少しずつなじんできたという感じがしますね。
倉田: おっしゃるように"なじんできた"という表現がしっくりきます。2014年からのパラスポーツ支援は、コストをかけないことで継続して行うことができた。今後も引き続き応援していければと思っています。またアスリートたちには、講演会や体験会など社会に発信する場をできるだけ設けたいと考えています。彼ら彼女らが発信することで、自身のスキルアップにつながっていくはずです。そのためにパラやオリの選手には講演会や体験会に参加してもらっていますが、結果的にアスリートやスポーツが私たちと自治体を結び付けてくれる側面もあるのです。
伊藤: そうしたつながりが自治体との協定に結びつき、本業に返ってきますもんね。
倉田: まさにそうですね。現在、約420の自治体と協定を結ぶことができています。パラアスリートの講演会や体験会、小学校での体験授業などを2021年度は141回実施させていただきました。現場の設営は支店のメンバーと自治体の職員とでつくりあげる。そうすると自治体と現地の支店も関係性が強まり、また違った取り組みにも繋がると思います。
二宮: まさにスポーツが取り持つ縁ですね。
倉田: そうなんです。キューピット役です。
伊藤: 今後に向けてはどのような取り組みを?
倉田: 全国に支社や支店を持つ弊社は、地域密着を行動指針の1つとしています。今後も全国の自治体とともに、様々な活動を展開していきたい。地域での共生社会実現への機運を醸成していかないといけません。産学連携による教育支援というカタチで、上智大学においてパラスポーツを通じた共生社会に資する科目設置に協力しました。加えて、公開講座の開催や研究所の共同設置など多面的な連携をさせていただいています。パラスポーツ支援、教育支援など様々な取り組みを、地方の大学や地域と共に進めていきたいと考えています。
(おわり)
<倉田秀道(くらた・ひでみち)>
あいおいニッセイ同和損害保険株式会社 広報部スポーツチーム兼経営企画部特命部長。1961年、千葉県出身。早稲田大学院スポーツ科学研究科修士課程を修了。1984年、大東京火災海上保険(現あいおいニッセイ同和損害保険)に入社した。1996年に早大スキー部のコーチを皮切りに、2003年監督に就任、日本オリンピック委員会強化スタッフ、全日本のコーチを歴任。早大スキー部監督としては、2007年の全日本学生スキー選手権大会で40年ぶりの総合優勝に導き、その後、男女合わせて9年連続で優勝する成績を収めた。2016年の任期まで監督を務め、冬季オリンピック・パラリンピックではノルディック複合の渡部暁斗、パラアルペンスキーの村岡桃佳ら教え子が活躍した。人材育成、コーチング、組織づくり、スポーツSDGsの講演など幅広く活動している。
あいおいニッセイ同和損害保険障がい者スポーツ応援サイト「AD Challenge Support」
(構成・杉浦泰介)