二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2022.10.13
前編 得意分野で新規参入
~パラスポーツを通じ、社会課題を突破~(前編)
凸版印刷株式会社は、創業120年以上の歴史を誇る印刷会社だ。近年同社はパラスポーツ支援に注力しており、2014年にスポーツ専従社員制度を導入。現在、障がいの有無を問わず5人のアスリートを雇用している。2015年にはパラスポーツ情報発信サイト「SPORTRAIT」を立ち上げた。スポーツビジネスデザイン室のビジネス開発部の大川誠氏に、同社におけるスポーツ支援の取り組みについて訊いた。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 2014年にスタートしたスポーツ専従社員制度とは、どのようなものなのでしょうか?
大川誠: その名の通り、弊社所属のアスリートが競技に専念できる制度です。はじまりは1人の社員の思いからでした。その社員とは、制度導入前年(2013)に入社した車いす陸上の渡辺勝です。パラリンピックなど大きな国際大会を目指す上で、彼から上司に競技と仕事の両立について相談があったことをきっかけにして関係部門が議論した結果、スポーツ専従社員制度ができたんです。現在、パラアスリートでは車いすテニスの眞田卓も在籍しています。
二宮清純: なるほど。では競技を引退した場合は、会社を辞めるんでしょうか?
大川: いいえ。制度自体、継続して働くことを前提としています。本人がスポーツで学んだことを会社に還元して欲しい。引退後は社内で活躍が期待できる部署に配属します。もちろん本人が違う道を望むなら、さまざまな選択肢もありますが、基本的に立場は他の社員と変わりません。
二宮: スポーツ専従社員制度でパラアスリートのほか、3人の女子ラグビー選手も雇用しています。2015年に日本障がい者スポーツ協会(現・日本パラスポーツ協会)、2016年には東京オリンピック・パラリンピック競技大会のオフィシャルパートナーになりました。2018年にはラグビーワールドカップ日本大会の公式サプライヤーにも。年々、御社はスポーツへの関わりを深めている印象があります。スポーツの価値が社内でも上がってきていると感じますか?
大川: そうですね。我々は印刷会社として、スポーツ関連の出版社さんや各種の団体の方々とも関わってきました。とはいえ、スポーツビジネスにそれほど力を入れてきたかというと、まだまだであったと思います。そこで"スポーツビジネスにどれだけ可能性があるか、チャレンジしてみよう"という気持ちから、ラグビーワールドカップ、東京オリンピック・パラリンピックに繋がっていったのだと思います。
【ダイバーシティへの理解促進】
二宮: サッカーJリーグの浦和レッズとパートナー契約を結んでいますね。
大川: はい。メタバース(仮想)空間でファンワールドを設置し、ファンの皆さんに楽しんでいただくというコンテンツをつくりました。我々ができるスポーツビジネスを考えた時にデジタルは得意分野。であれば、やってみようということで取り組みました。サッカーでは他に、V・ファーレン長崎のプレミアムパートナーにもなっており、これからさまざまな面でサポートできればと考えています。
伊藤: 御社の得意分野を生かし、スポーツビジネスへ参入するということですね。
大川: そうですね。スポーツ団体に対して、選手などのコンテンツをNFT(偽造不可な鑑定書・所有証明書付きのデジタルデータ)化し、販売する提案活動などもしています。
二宮: デジタル空間であれば、新型コロナウイルス感染のリスクも回避できますね。
大川: 弊社では、ワクチンの接種履歴や抗原検査結果を管理できるアプリを開発しており、イベントへのチェックイン機能も実装しています。既に自治体や企業にはご使用いただいており、スポーツイベントにも提案中です。
伊藤: それは便利ですね。私たちもいろいろな地域でパラスポーツの体験会やイベントを実施しようとすると、「県外から来る方は抗原検査を受けてください」「接種証明を持参ください」と、いろいろとクリアしなければいけない。それぞれ別々に管理されていると、大変です。それを一括で管理できるのなら、とてもありがたい。
二宮: 東京2020大会後、社内でアンケートを採ったと伺いました。
大川: 東京パラリンピックには、社員の眞田が出場しましたので、アプリを使ってスコア速報を配信したところ、800人ぐらいの社員が参加してくれました。チャット欄は、たくさんの応援コメントで溢れ、とても盛り上がりました。大会後のアンケートでは「スポーツ専従社員の存在がD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の理解・浸透につながっていると思う」と回答してくれた社員が7割超いました。パラスポーツは、競技として面白い。社内外でその魅力を知って欲しいという思いから普及に取り組みましたが、そういった意識の部分に変化が出ていることは予測していませんでした。正直うれしいです。
伊藤: 皆さんの意識が変わったことは、御社の取り組みの成果だったということでしょうね。
大川: そうかもしれません。私自身、パラスポーツに関わりのないところからスタートしました。最初はパラアスリートに会ったりパラスポーツの競技会場に行ったりしても、どこか遠慮がありました。それが段々慣れてきて、パラアスリートに接することやパラスポーツに関わることが当たり前と思えるようになった。その慣れるということが、共生社会の実現やダイバーシティ推進にも繋がるような気がします。だからこそ弊社として、今後も、変わらずスポーツに力を注いでいきたいと思います。
(後編につづく)
<大川誠(おおかわ・まこと)>
凸版印刷株式会社 情報コミュニケーション事業本部 事業戦略本部 共創企画部 部長 兼 スポーツビジネスデザイン室ビジネス開発部。1972年、静岡県生まれ。1996年に凸版印刷(株)に入社。1999年から企業が行う環境やCSRを題材とした広報・コミュニケーションの企画・制作業務に従事後、自社(凸版印刷)のCSR推進を担当。2017年から、東京2020オリンピック・パラリンピックなどスポーツを題材とした社内の盛り上げ、対外リレーション業務を担当。現在はパラスポーツを応援する自社メディア「SPORTRAIT」の運営や、女子ラグビー選手が運営するコミュニティ「WOMEN'S RUGBY COMMUNITY™」を管轄。
凸版印刷HP
(構成・杉浦泰介)