二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2023.01.12
前編 「完全な就労」を目指して
~共生社会実現へ飽くなき挑戦~(前編)
堀江車輌電装株式会社は<ゆるぎない技術、たえまない挑戦。>をスローガンに掲げる1968年創業の鉄道車両メンテナンス会社だ。車両事業拡大の一方で、2015年には障がい者支援事業をスタートさせた。その一環として障がいの有無に関係なく誰もができる野球「ユニバーサル野球」を開発し、2019年からは各地で特別授業、イベントを実施している。共生社会の実現、コミュニケーション教育の推進、運動機会の創出に力を入れる同社の堀江泰代表取締役社長に話を訊いた。
二宮清純: よく聞かれると思いますが、電車の会社がなぜパラスポーツ支援に関わられるようになったのでしょうか?
堀江泰: きっかけは2013年、知人の紹介でパラスポーツに関する講演会に参加したことです。そこで感銘を受け、パラスポーツに興味を持ちました。実はその時の講演会でお話をされたのが、何を隠そう目の前にいる伊藤さんなんです。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 大変光栄です!
堀江: 講演会に行くまで、私はパラスポーツや障がいのある人たちを取り巻く環境のことを何も知らなかった。私は高校時代、サッカーをしていました。講演後、家に帰ってインターネットで「サッカー 障がい者」と検索しました。すると知的障がい者サッカーの動画がヒットしたんです。その映像を観て、レベルの高さに感動しました。それで日本知的障がい者サッカー連盟に「ボランティアをさせてください」と連絡し、当時の天野直紀理事長にお会いしました。
二宮: 具体的には、どんな協力を?
堀江: その年の3月から連盟の広報、企画運営のサポートをさせていただくことになり、日本代表チームの練習グラウンドを探したり、選手と関わったりするようになりました。そうやって障がいのある人のことを学んでいくうちに、ボランティアだけでなくビジネスの仕組みを取り入れ、パラスポーツ団体の運営費に回せるシステムを構築できないかと考えたんです。
二宮: そのために最初に取り組んだことは?
堀江: 2014年、日本代表はブラジルW杯に出場するための遠征費、滞在費が必要でした。そこで応援Tシャツを製作し、販売したんです。3カ月弱で9000枚を売り上げることができ、そのお金を連盟に寄付しました。
【本業にも繋がる事業】
伊藤: 就労支援事業も、その流れで始めたのでしょうか?
堀江: はい。日本知的障がいサッカー連盟との関わりを通じて、私は働く意欲がある知的障がいのある人たちが働きにくい実情に疑問を持っていた。それで"働ける場所を探したい"と思い、2014年末に障がい者支援事業部を発足しました。翌年に「完全な就労」をコミットできるサービスの提供を目指し「Tryangle」(トライアングル)という事業をスタートさせたんです。
二宮: 「完全な就労」とは?
堀江: 障がいのある人と企業のマッチング率100%に加え、定着率100%を目指しています。具体的には障がいのある人の就職先、転職先を探すこと。そして障がい者雇用を推進している企業向けのコンサルティグを始めました。トライアングルは、様々な立場の人々の結びつきを深めながら課題解決にチャレンジしていくという意味を込めて名付けました。障がいのある人と企業と支援者の3者を繋ぐ三角形(triangle)に挑戦する(try)と、ものの見方(angle)を掛け合わせた名前です。トライアングルでは、障がいのある人は無料で利用でき、企業側から利用料や委託料などをいただくというかたちをとっています。そこで得た利益はパラスポーツ支援に還元したり、NPO団体に寄付したりしました。さらに2016年にはビルメンテナンス会社を買収し、自社でも障がい者雇用を推進していきました。ボランティアでできることと、ビジネスの仕組みでできること、寄付でできること。それぞれのやり方で関わらせていただいています。
二宮: そうやって就労支援を、どんどん広げていったんですね。
堀江: そうですね。中には事業を広げることに対し、「企業が失敗するパターン」と言う人もいました。でも私の中ではうまくいくイメージができていた。私たちの事業は鉄道車両という公共性の高い、インフラです。障がいのある人の支援での社会貢献が評価されて企業価値が上がる。会社の名前が広まれば、本業の鉄道事業にも良い効果を生み出すはず。自分の中では失敗しない根拠があったんです。
伊藤: 鉄道事業に加え、ビルメンテナンス、障がいのある人の就労支援。それぞれ別の事業のようで、ひとつに繋がっているんですね。それが御社の目指す共生社会実現への道だと?
堀江: そう信じています。弊社は社員の障がいの有無、性別、年齢、国籍は採用の際も、採用後もあまり気にしません。もちろん配慮はすべきだと思いますが、それが全面に出てしまうと、気を遣い過ぎてしまう。ですから特別扱いをしません。そうやって社員との信頼関係を大事にする温かい会社をつくっていきたい。同じような考えが社会全体に広がれば、障がい者雇用も進むのではないかと思うんです。5年、10年かけて、そういう企業がひとつでも増えていけばうれしいです。
(後編につづく)
<堀江泰(ほりえ・やすし)>
堀江車輌電装株式会社代表取締役社長。1980年、埼玉県出身。2000年に堀江車輌電装株式会社入社。鉄道車両の整備・改造の現場で7年働き、2007年に常務取締役、2012年に四代目代表取締役に就任。代々続く車両事業の拡大の一方で、2015年には障がい者支援事業、2016年にはM&Aによりビルメンテナンス事業を立ち上げ、事業領域を多角化した。"人"への想いと経営理念である「柔軟な発想と実行力で、広く深く社会に貢献する企業」を軸に事業へ取り組んでいる。学生時代はサッカーに打ち込んだ。
ユニバーサル野球HP
(構成・杉浦泰介)