二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2023.04.27
後編 普及と強化の両輪
~元甲子園球児が見据えるブラサカの未来~(後編)
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 今年8月には、第1回IBSA世界女子ブラインドサッカー選手権がイギリス・バーミンガムで行われます。
山本夏幹: 目指すは優勝、世界一です。エースの菊島宙を中心に、誰もが得点を獲れる、狙えるチームづくりを目標にしています。
二宮清純: 日本は現在、世界ランキング1位だとお聞きしました。国内の女子ブラインドサッカー競技人口はどのくらいなんでしょう?
山本: 現在、日本ブラインドサッカー協会(JBFA)に登録している女子選手(全盲もしくは弱視フィールドプレーヤー)は約20人です。そのうち強化指定選手は7人です。
二宮: たった7人ですか!?
山本: はい。体験会には男女変わらぬ人数に参加してもらえるのですが、そこから競技を続けるまでには至っていない。そこで強化指定選手に進む前のステップとして育成強化指定選手という枠組みを昨年3月に新設しました。段階的な育成・強化活動を行うことができる体制構築を目指しています。
二宮: 下から普及、育成、強化というピラミッドになるのが理想ですね。
山本: はい。しかしブラインドサッカーでは、逆三角形に近いかたちになります。トップが大きく、育成が小さい。これはJBFAとしての課題ですから、強化同様に力を入れています。
伊藤: ブラインドサッカー女子日本代表の強化選手の中には、ゴールボールでパラリンピックに出場した若杉遥選手のような転向組もいます。
山本: 彼女とは、私が勤める筑波大学附属視覚特別支援学校の出身という縁もありますが、東京パラリンピックが終わり、いろいろなタイミングが重なってブラインドサッカーに転向したんです。今はブラインドサッカーだけでなくボート競技にも挑戦しています。
伊藤: "二刀流"ですね。ロンドンからリオデジャネイロ、東京とパラリンピック3大会連続出場している彼女の経験はチームに与える影響も大きいでしょう?
山本: そうですね。彼女は努力をして上りつめた選手。競争が少ない日本女子のブラインドサッカーの中で、数少ない世界のトップを知っている。ロンドンが金メダル、リオデジャネイロは5位入賞、東京では銅メダル獲得。出場したパラリンピック全てで入賞しています。それが至上命題のチームでやってきたという経験は何にも代え難いものがあります。
二宮: ゴールボール、ブラインドサッカーは同じブラインドスポーツとして共通点も多いんじゃないでしょうか。
山本: それもありますが、彼女の吸収力はすごい。ゴールボールのコートのサイズは縦18メートル、横9メートルの広さ。それがブラインドサッカーになると縦40メートル、横20メートルと広くなります。奥行きができたことにより、ボールを受けるタイミングを掴むことが難しかったようです。それでも徐々に適応してきました。
二宮: サッカーやフットサルでは作戦盤を用意して、フォーメーションや動きの指示を出したりしますが、ブラインドサッカーでは視覚障害のある人にはどのような指示を?
山本: 選手の背中が作戦盤代わりになります。まず基準となる位置を設定し、そこを片手で抑える。「ここが選手の位置」「ここがボールの位置」などと伝え、もう一方の手でパスの方向や選手の動きを指示するんです。
二宮: なるほど。それは面白いですね。コミュニケーションの方法はいろいろあるっていうことですね。
山本: これは私自身、視覚障害の世界に入らないとわからなかったことです。
【憧れられる存在に】
二宮: 先ほど国内の競技人口の話が出ましたが、必然的に対戦相手も少なくなるので、実戦練習もなかなか積めませんね。
山本: 今年2月に開催した埼玉県で行われた国内親善試合「さいたま市ノーマライゼーションカップ」では、男子のユースチームと対戦しました。体格差もあり、速さ、強さで圧倒されましたが、強度の高い練習を積めましたし、いい経験になったと思います。
二宮: そうですね。世界選手権は、どこの国がライバルになりそうですか?
山本: アルゼンチン、ドイツと優勝を争うと思います。両国の直接対決の内容を見ると、アルゼンチンの方がドイツより強い印象があるので、今大会で一番の脅威はアルゼンチンだと思っています。アルゼンチンの選抜チームとは定期的に日本で試合を行っていますが、日本が大差で勝っています。ただ、日本でやる試合と、アウェーとでは全然雰囲気も違うし、その時のコンディションもあるので、決して楽観視はできません。
二宮: その意味では、若杉選手のように大きな国際大会を経験している選手がいるのは心強いですね。また優勝するには数試合を戦い抜く体力も必要になります。
山本: その通りです。私たちの課題の一つは連戦をしたことがないこと。昨年11月のIBSAブラインドサッカーアジア・オセアニア選手権も2日間連戦をしただけです。予選リーグの戦い方も、選手交代をうまく使いながら、消耗度をコントロールする必要があると思っています。
二宮: 初代女王に輝いて、日本のブラインドサッカーの存在を世界に発信できればいいですね。
山本: はい! 視覚に障害のある人たちの中で、男性がスポーツをするケースは珍しくないのですが、女性はあまりいない。ブラインドサッカーが選択肢のひとつに入っていかないといけません。女子は男子と比べると10年ぐらい遅れているので男子がロールモデルになる。男子を参考にしながら発展させていきたい。今回の世界選手権で結果を残し、憧れられるようなチームになる。それが視覚障害のある人の未来を明るくすると信じて、頑張りたいと思っています。
(おわり)
<山本夏幹(やまもと・なつき)>
ブラインドサッカー女子日本代表監督。1991年6月21日、千葉県出身。小学2年から野球を始める。八千代東高校3年時、第91回全国高等学校野球選手権大会に出場した。順天堂大学進学後、練習中の負傷で左目の視力を失った。同大コーチ、監督を経て、順天堂大学大学院に進学した。日本ブラインドサッカー協会(JBFA)のボランティア、インターンを経て2015年から普及育成部に所属。筑波大学附属視覚特別支援学校の教員を勤めながら、ブラインドサッカーのクラブチームを創設した。ユーストレセン、ナショナルトレセンのコーチを経て、2022年に女子日本代表監督に就任した。強化・普及の両面で尽力している。プロ野球は広島カープのファン。
(構成・杉浦泰介)