二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2023.05.25
後編 失敗は挑戦の証
~"大冒険"を自立のきっかけに~(後編)
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 2018年に<障害者スポーツの振興及びスポーツなどを通じて障害者の心身の健全育成>を目的に一般社団法人ZENを立ち上げられました。そもそもZENという名前の由来は?
野島弘: 特に深い意味はないんです。自分が二の足を踏まないように前進するという意味での"ZEN"であり、全力の"ZEN"。私が"ZEN"の付く言葉が好きだったのと、あまり長い名前にしたくなかったから、そう付けました。
伊藤: 野島さんらしいポジティブなネーミングですね。
野島: はい。ただ法人化するのには少し抵抗があったんです。それこそ二の足を踏んでいました。
二宮清純: それは、なぜ?
野島: 私は外で遊ぶのが大好きなんです。法人を立ち上げ、事務作業が増えることで、子どもたちと遊ぶ時間が減るのを避けたかった。そして、私自身、事務作業が苦手なので......。
伊藤: そのお気持ち、想像に難くありません(笑)。
野島: 天気の良い日に事務作業をやっていると、"外で遊びたい"とソワソワしてきちゃうんです。そのため事務作業は雨の日にやるようにしています。
伊藤: ZENでは、子どもたち向けのいろいろな体験プログラムがありますね。
野島: はい。スポーツだとスキー、ハンドバイク、カヤックなどを体験してもらいます。そのほかには、子どもの自立心を養うプロジェクトとして「電車でGO!」「子どもプロデュース」「モンスターチャレンジ」の3つがあります。初級編の「電車でGO!」とは、ひと駅だけの大冒険をテーマに、車いすユーザーの子どもが自分の最寄り駅から隣の駅に電車で向かい、私と合流し、近くの飲食店で一緒に食事して帰るまでを経験してもらうプログラムです。ひと駅とはいえ、子どもにとっては大冒険。そして親にとっては、もっと大冒険です。
二宮: 確かに保護者からすれば、心配かもしれない。
野島: そこは勇気を出してもらいたい。遠くへの旅だったら、不安かもしれない。そのためにもまずはひと駅の移動から始めてもらう。電車に乗ること自体、とても簡単なことなんです。駅の係の人に行く先を伝えて頼めば、案内してくれる。それでも慣れていない親からすれば不安ですし、その子どもも最初はドキドキだと思う。車いすの子どもが1人で移動するには電車が便利。それができるようになるだけで、自由度がグッと広がる。だから私は電車に乗るスキルを身に付けることは必要なことだと思うんです。その距離をどんどん延ばしていければ、登下校で常に親に同行してもらっていた子が、ひとりで登下校をできるようになる。これが初級編。
【保護者への"感謝状"】
二宮: では中級編は?
野島: 「子どもプロデュース」です。イベントの企画、運営を子どもたちに任せます。誰が受付をするかなど、それぞれの役割やイベントで何をするかを子どもたちで相談して決めてもらう。参加費は500円。このお金に関しては経費に使ってもいいし、余った分を打ち上げ費用に充ててもいいんです。「次にとっておいてもいいから、自由に使ってください」と話しています。ただ少し寂しいのが参加する子どもたちの多くが「次にとっておきます」と答える。自分たちで稼いだお金は、できれば自由に使ってほしい。
伊藤: 3つ目の「モンスターチャレンジ」は上級編ということですか?
野島: その通りです。「モンスターのように大きくておっかないものに挑戦しよう」がテーマ。子どもたちと泊りがけの旅に行きます。キャンプ場で寝泊まりして川遊びをしたり、海に出て洞窟巡りをしたり、滝壺に飛び込んでみたりもします。
二宮: 結構ワイルドな遊びですね。
野島: そうですね。行く地域によって、いろいろイベントを変えているので、子どもたちの中では「あそこはハードだよ」などと情報が出回っているみたいです。そのハードなイベントをクリアしたら、「アイツは大したもんだ」と一目置かれるようになる。
二宮: それをクリアしたら修了証書が出るとか?
野島: それはないのですが、参加した子どもたちの保護者には"感謝状"のようなものを渡せているのかなと思っています。子どもたちは行きも帰りも、自分の力で電車に乗る。チャレンジが終了し、親元に戻った時、行きよりもりりしい顔をして帰ることが親へのプレゼントになるかな、と考えています。
二宮: さぞかし親御さんたちは喜ぶでしょうし、子どもたちの自信にもなります。また互いが自立するきっかけにもなりますね。
野島: はい。その自信を少しずつ積み重ねていって、いろいろなことに挑戦してほしい。私は成功じゃなく、失敗を教えることが役目だと思っています。成功は学校が教えてくれる。でも社会に出た時に成功ばかりではない。必要なのは、失敗した時にどう対処するか。それを学んでほしくて「モンスターチャレンジ」では、子どもたちに「いっぱい失敗してね」と伝えます。いっぱい失敗したということは、いっぱいチャレンジしたということ。その経験を大事にし、また挑戦することを恐れないでほしいんです。それは参加する子どもたちだけではなく、親御さんたちにも勇気を持っていただきたい。ZENでの活動を通じ、これからも挑戦することの素晴らしさを伝えていきたいと思っています。
(おわり)
<野島弘(のじま・ひろし)>
一般社団法人ZEN代表理事。1962年6月27日、東京都出身。17歳の時の交通事故が原因で車いすユーザーとなる。32歳でスキーを始め、36歳で1998年の長野パラリンピックのチェアスキー日本代表に選出された。2002年ソルトレイクシティパラリンピックには出場できなかったものの、2006年トリノパラリンピックに出場した。現役引退後は、日本チェアスキー協会理事としてジュニア普及育成活動に尽力。また2018年には一般社団法人ZENを設立し、代表理事として障がいのある子どもたちが元気に楽しく、そして力強く生きられるように自立心を育む活動をしている。そのほか日本障害者ゴルフ協会理事を務めるなど、活躍の場は多岐に渡る。
(構成・杉浦泰介)