二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2023.08.17
前編 "シンデレラ"にしてはいけない
~"暗闇"をなくす役割~(前編)
一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ(DJS)は、1999年11月に日本で初開催し、以来約23年間にわたりロングランを続けているエンターテインメントプログラム「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」(DID)の主宰団体である。DIDは光を遮断した空間を使用し、視覚に障がいのある人が案内役を務める。いわば視覚以外の様々な感覚やコミュニケーションを楽しむソーシャルエンターテインメントだ。DJSの代表理事を務める志村季世恵氏に話を訊いた。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 私は何度かDIDにおじゃましました。参加者の中には感動して泣いている人がいたのが印象的です。
志村季世恵: ありがたいことに、たくさんの気づきがあったとおっしゃる方が多いのです。DIDは1988年、ドイツで生まれ、ヨーロッパに広がりその後、日本からアジアに渡りました。日本でDIDを始めたきっかけは、現DJS理事で、私の夫である真介が発案者であるドイツの哲学博士アンドレアス・ハイネッケ主催の「暗闇の中で行う展示会」を新聞で知り日本にもDIDが必要と考え、ハイネッケに手紙を書いたところからはじまりました。当時、すでにバースセラピストだった私に活動開始の意見を求めてきました。私は「素晴らしいですね」と共感し、聞き役のつもりでしたが、いつの間にかその魅力に引き込まれ立ち上げメンバーの一人になっていました。
二宮清純: DIDの日本第1回は1999年11月、東京ビッグサイトで開催されたそうですね。
志村: はい。日本の場合、消防法などの制限があり、実現には6年ほどかかりました。本来、ドイツでつくったプログラムをコピーすることになっていてアレンジは禁じられていますが、日本だけカスタマイズする許可が私に出ております。今は四季ごとにコンテンツを変えて開催しています。
二宮: 日本だけ許されているというのは、すごいですね。それだけ創設者からの信頼が厚い証拠でしょうか。
志村: そうだと思います。創設者のハイネッケは日本文化に理解を示しています。そして私は10歳から演劇を続けてきたこともあって、人の想いやメッセージを具現化するのが得意でした。ハイネッケの想いを聞き、その考えを軸にアレンジする。助け合うシーンや対話がしやすい設定をし、また日本文化を取り入れることも大切にしています。それをハイネッケは喜んでくれて、「キヨエが考えたコンテンツはとても楽しいんだ」とドイツに持ち帰るほどでした。
【声を掛けるきっかけに】
伊藤: DIDは初開催から約10年が経った2009年3月に東京・外苑前に会場を常設しました。
志村: イベントが成功すればするほど、開催期間が終わりに近づくにつれ、暗闇の中をリードする案内役の視覚に障がいのあるスタッフがだんだん暗く悲しい顔になっていくんです。なぜかというと、彼らはDIDの開催期間中、スターのような存在です。多くの参加者から感謝や賞賛を受けますが、イベントが終わると、そうではない日常が待っているのです。「DIDが終わると活躍できる場がない。魔法が切れたシンデレラみたい」と言ったスタッフもいました。そんな仲間たちの声を聞き、真介が「腹をくくろう。彼ら、彼女らをシンデレラにしてはダメなんだ」と言いました。継続的に雇用し、活躍できる場所を絶やさぬため、常設を決めたんです。
二宮:今後の展望は?
志村: 「いつまで続けるつもり?」と言われたら、「社会に暗闇が必要なくなるまで」と答えています。暗闇の中では対等な関係でいられるけれど、それがなければできない、のではなく、多様な人が明るいところでも対等でいられることが私たちの願いです。
伊藤: DIDから始まり、75歳以上の方が案内役となる「ダイアログ・ウィズ・タイム」(DWT)など活動の幅はどんどん広がっていますね。
志村: 日本では2019年に初開催したDWTは、大人気となりました。2020年にはダイアログ・ダイバーシティーミュージアム「対話の森」をオープンしたので、DWTもそこで常設をと思っていたのですが、コロナは75歳以上の人にとってリスクは大きく断念しました。ただ、その間にも有り難いことに皆さまから再演希望の声が届いていました。DWTは誰もがいつか高齢になるということを考え、世代を超えて、いのち、時間、生き方について対話をする体験型エンターテインメントです。私たちが目指すのは、誰もが対等に出会える環境を提供することで、多くの人に多様性の理解を促すこと。日常で障がいのある人や、困っている人を見かけたら「何かお手伝いは必要ですか?」と声をかけることができる人を増やしたい。DID、DWTなどでの体験を通じて、その後押しができればと思っています。皆さまとご一緒に声を掛け合い助け合える、そんな社会を実現したいんです。
(後編につづく)
<志村季世恵(しむら・きよえ)>
一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ代表理事。ダイアログ・イン・ザ・ダーク理事。バースセラピスト。心にトラブルを抱える人のメンタルケアおよび末期がんを患う人へのターミナルケア、グリーフケアは多くの医療者から注目を集めている。現在は視覚障がい者、聴覚障がい者、後期高齢者とともに行うソーシャルエンターテインメント、ダイアログ・ダイバーシティミュージアム「対話の森」を主宰。著書に『さよならの先』『いのちのバトン』、『エールは消えない ―いのちをめぐる5つの物語―』最新刊『暗闇ラジオ対話集 ―DIALOGUE RADIO IN THE DARK―』など。
一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ
(構成・杉浦泰介)