二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2024.02.22
後編 カーリングとの二刀流
~挑戦し続ける"二刀流"スイマー~(後編)
二宮清純: パラスポーツには障がいの程度によるクラス分けがあります。花岡さんがジャパンパラ水泳競技大会に初出場した2017年はS6でしたが、現在はS8(SB8、SM8)に変わりました。
花岡恵梨香: 障がいの種類や程度は様々ですから、クラス分け制度は必要だと思っています。ただ私がクラス分けでS6の時は、2018年のアジアパラ競技大会、東京パラリンピックで日本代表を狙えそうな記録を持っていました。しかし、クラスがS7、S8と変わったことで、それは現実的ではなくなり叶わなかった。当然、クラスが変われば戦う相手も変わりますし、目指すべきタイムも変わりますからね。もしS6のままだったらアジアパラ競技大会や東京パラリンピックに出られたかもしれない、と今でも思うことはあります。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 花岡さんは昨年11月の日本パラ水泳選手権大会で50メートル背泳ぎの日本記録を更新しました。
花岡: クラスがS8に変わったとはいえ、今でも努力した分、自己ベストを出すことができる。クラス内の順位という相対的な結果がある一方で、自己記録という努力した分結果に表れる絶対的な結果もあるので、今でも頑張れるという側面があります。私はそこに価値があると感じています。
二宮: パラリンピックなど大きな国際大会に出ることや勝つことだけが、すべてじゃない、と?
花岡: そう思っています。水泳にはクラス分けという相対的評価がある一方で、タイムという絶対指標があることも私には幸いでした。あと競技者として結果を残すことに加え、私が大事にしているのが会社の人たちとの交流です。
二宮: 例えばどんなことが印象に残っていますか?
花岡: 上司と先輩社員と一緒に泳いだことが忘れられない思い出です。清水建設が2021年に三重県で開催予定だった全国障害者スポーツ大会「三重とこわか大会」の会場に技術協力をしていた関係で、私も会場へ視察に行きました。視察後、「せっかく会場に来たので、プールで泳がせてもらえませんか?」と上司と先輩に頼んだんです。すると上司が「じゃあ近くの売店で水着を買ってこよう!」と言って、私に付き合ってくれました。私が入社した当初はコロナ禍で大会の中止が相次ぎ、私が泳ぐところを会社の皆さんに観ていただく機会がなかった。上司と先輩は会社に戻ってから「花岡さんは速かった」と皆さんに話してくださり、とてもいい思い出になりました。
伊藤: 水泳が、花岡さんと会社の皆さんを繋ぐ道具になったということですね。
花岡: まさにそうですね。普段から顔を突き合わせて、コミュニケーションを取っている仲間だからこそできた。清水建設という恵まれた環境にいるおかげだと感謝しています。
【夏冬競技で日本一へ】
伊藤: 車いすカーリングにも挑戦している理由は?
花岡: 2020年に東京都パラスポーツ次世代選手発掘プログラムに参加しました。その際、日本車いすカーリング協会の方から「一度体験に来てみませんか」と誘われたので、軽い気持ちで体験会に参加してみたんです。すると、それがすごく面白かった。翌年、車いすカーリングがスポーツ庁など国が支援するJ-STARプロジェクト(※)の対象競技になり、応募しました。
伊藤: 水泳との"二刀流"ですね。
花岡: はい。プロジェクトの選考に合格し、1年間、車いすカーリングを学びました。2023年にease埼玉というチームに加わり、その年の5月に行われた日本選手権では、3位に入ることができました。
伊藤: 車いすカーリングで、水泳の経験が活きたことはありますか?
花岡: 水泳をやっていたお陰だと思うのは、日本選手権という大舞台でも臆することがなかったことですね。チームメイトからは「ずっと笑っている」と言われるほど、自然体でプレーすることができました。
二宮: 車いすカーリングでの目標は?
花岡: もちろん競技として取り組むからにはパラリンピックなどの国際大会への出場、そしてその舞台での活躍です。ただ車いすカーリングに関する私の技術や知識はまだまだ。今はパラリンピアンでもあるチームメイトから様々なことを学び、経験を積んでいき、自分自身を成長させていきながらしっかりと実力をつけ、10年後にパラリンピックなどの国際大会で活躍できることを目指しています。そのために国際大会で活躍できるチーム作りをしていき、チームのみんなと一緒に成長していきたいと思っています。10年後に国際大会で活躍するチームができた時に私自身、そのメンバーとして一緒に大舞台で活躍できたらうれしいです。
二宮: 国際大会に出場するために、国内での代表争いに勝たなければいけません。
花岡: はい。頑張ります。来年秋、水泳の聖地と言われた東京辰巳国際水泳場が、通年アイスリンク施設に生まれ変わり、カーリングの大会も行われる予定です。水泳で日本一になることができた地で、また日本一になれるかもしれないと思うと、ワクワクしています。そしてその場所が清水建設の施工ということも嬉しいですね。
伊藤: 大きな目標ができましたね。
花岡: そうですね。車いすカーリングでは普及活動にも関わっていきたいと思っています。私が車いすカーリングを始めたことで、「水泳はやめないの?」と言われることもありますが、水泳も続けます。車いすカーリングのPRをお手伝いできれば、と考えていますし、水泳競技も引き続き頑張っていきたい。家族や会社の仲間、応援してくださる多くの方に感謝し、見てくださる方の心に響くような泳ぎ、プレーをして、まずはふたつの競技で日本一になれるよう頑張ります!
※ オリンピックやパラリンピックなど世界レベルの競技大会で活躍する未来のトップアスリートを発掘するプロジェクト
(おわり)
<花岡恵梨香(はなおか・えりか)>
東京都出身。パラ水泳は女子50メートル背泳ぎS8クラスの日本記録保持者。2014年、津田塾大学大学院修士2年時に病気により四肢麻痺となる。2015年、同大大学院理学研究科情報科学専攻修士課程修了。2017年、競技として本格的にパラ水泳を始める。競技を始めて半年で出場したジャパンパラ水泳競技大会の50メートルバタフライ(S6)で優勝。日本身体障がい者水泳選手権大会(現・日本パラ水泳選手権大会)で50メートル自由形(S7)と同バタフライ(S7)の2種目を制した。その後も出場する多くの大会で優勝を飾る。2020年、清水建設株式会社入社後も競技を続け、2021年には日本パラ水泳選手権大会の50メートル背泳ぎ(S8)で日本新記録を樹立。その2年後の日本パラ水泳選手権大会では、同種目の日本記録を塗り替えるなど2種目を制した。清水建設株式会社所属。
清水建設株式会社
(構成・杉浦泰介)