二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2024.06.27
後編 "依存先"の増加が共生への道
~パラスポーツを通じ、活力ある共生社会へ~(後編)
二宮清純: 森さんが公益財団法人日本パラスポーツ協会(JPSA)の理事に就いてから約7年が経ちました。
森和之: おかげさまで貴重な経験をさせていただいています。それこそビジネスマン時代には会えなかった人たちと会ったり、話したりする機会もありますから。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): その中で特に印象に残っていることは、ありますか?
森: パラ陸上の男子走り幅跳びでパラリンピック3連覇中のマルクス・レーム選手(ドイツ)が来日した時のインタビューの話です。彼は「日頃、一番大事にしていることは何ですか?」という質問に対し、「いろいろな課題に直面した時に対応できるオプションをひとつでも多く持つこと」と答えたんです。似たようなことを東京大学先端科学技術研究センター准教授の熊谷晋一郎さんもおっしゃっていました。自身も障がいのある熊谷さんは、「依存というのは恥ずかしいことじゃない」と言い、「依存できるオプションを増やすことが大事だ」と話していました。この依存についての話は、私がパラスポーツの世界に足を踏み入れていなかったら、気付けなかったことかもしれません。
二宮: 依存と聞くと、依存症などからネガティブなイメージを持つ人もいます。しかし依存先を増やす、つまり人や社会との関わりを増やすことは共生にも繋がりますね。
森: そうなんです。私自身、パラスポーツに関わるようになってから、障がいのことをいろいろと学びました。やはり身近に障がいのある人がいないと、当事者意識は芽生えにくいと思います。ですからまずはパラスポーツとの接点を増やすため、パラスポーツの大会やイベントの開催は重要だと考えます。パラスポーツに触れることで世の中に当事者意識を持つ人が増えていくと思います。それが我々のミッションである共生社会実現の方法の一つだと考えています。
二宮: 事業を継続していくためには、財源が必要になります。
森: おっしゃる通りです。我々が進めていること、目指すものを企業や団体と共有し、パートナーを増やしていく必要がありますね。
伊藤: 二宮さんも「これからの企業との関係はスポンサーシップからパートナーシップだ」とおっしゃっています。東京パラリンピックが終わり、多くの企業がパラスポーツ団体から離れていく中、JPSAのパートナーは減っていませんね。
森: ありがとうございます。おかげさまで、我々が掲げる理念に共鳴してもらえています。一緒にパラスポーツを通じて共生社会をつくっていこう、と。
【技術革新をアピールする機会】
伊藤: 数字では測れない価値を理解していただいているということですね。今年の夏はパリパラリンピックがありますが、来年は東京でデフリンピックが開催されます。あるデフスポーツの関係者は「我々のことはあまり知られていない」と、おっしゃっていました。そのあたりのサポートは何かお考えですか?
森: ご存じの通り、デフリンピックは国際ろう者スポーツ委員会が主催し、国内は一般財団法人全日本ろうあ連盟の管轄です。デフスポーツ関係者も我々のミッションであるパラスポーツを通じた共生社会の実現を果たすための仲間だと考えています。JPSAやJPCが持つ知見を惜しみなく伝えていきたいと思っています。
二宮: 手話通訳不足も課題と言われています。
森: デフリンピックでは国内外の聴覚に障がいのある人たちが多数、東京に集まります。今は音声技術、映像技術が進み、AI(人工知能)を活用すればより良くコミュニケーションが取れるようになると言われています。私はデフリンピックが、日本の技術革新を世界にアピールできる有益な機会になると思っています。こういった技術革新やアイディアは障がいのある人、多様性を前提にすれば、どんどん出てくると思います。
伊藤: さきほどの依存先、オプションを増やしていくための手段とも言えますね。
森: そういうことになりますね。
二宮: パラスポーツに限った問題でありませんが、日本は地方と都市の格差が顕著です。東京では、テクノロジーの進化によって利便性が増している一方、地方に行くと過疎化、高齢化している中にポツンと障がいのある人が取り残されたりする。昔だったらまちにコミュニティがあって、近所の人が手伝ってくれたりする。いわゆる依存先がある。しかし、過疎化が進む現在では、それも難しくなっています。この地方格差の課題はどうお考えですか?
森: 我々はパラスポーツを通じ、少しでも社会に貢献していきたいという立場ですから、できることは尽くしていきたいと考えています。特に地方におけるパラスポーツ指導員やコーディネーターが不足していますので、その養成を国の力も借りながら、我々としても力を入れていくつもりです。あの手この手を使いながら、地域を含め、共生社会実現への小さな種火を消さぬよう力を尽くしていきたいと思います。
(おわり)
<森和之(もり・かずゆき)プロフィール>
公益財団法人日本パラスポーツ協会会長。1955年、東京都出身。1977年、慶應義塾大学商学部を卒業し、三菱商事株式会社に入社。パリ駐在や常務執行役員などを歴任した。2017年6月、公益財団法人日本障がい者スポーツ協会(現・日本パラスポーツ協会)理事と日本パラリンピック委員会(JPC)副委員長に就任した。2021年12月に日本パラスポーツ協会会長とJPC会長に就いた。好きなスポーツは野球、ラグビー、スキー。趣味はゴルフと旅行。座右の銘は「小事が大事。木を見て森を見る」(造語)。
日本パラスポーツ協会
(構成・杉浦泰介)