二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2024.07.11
前編 ベースボール部創部
~野球を通じ、誰もが挑戦できる場を~(前編)
東京都世田谷区の都立青鳥特別支援学校は、この夏の全国高校野球選手権の西東京大会に単独チームで出場を果たした。特別支援学校の単独チーム出場は全国で初。2023年、同校にベースボール部を創設した久保田浩司監督に、その経緯を訊ねた。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 夏の全国高校野球選手権の西東京大会に単独チームとして念願の出場、おめでとうございます。
久保田浩司: ありがとうございます。今回は特別支援学校としての初出場。その突破口を開くことができたのは良かったです。
二宮清純: 単独チームとしての参加が認められたのはいつですか?
久保田: 6月13日です。その日の午後が東京都高校野球連盟(東京都高野連)へのチームのメンバー表提出の締め切りでした。夕方にはテレビのスポーツニュースや新聞などで取り上げていただきました。
二宮: 認めてもらうまでは審査があるのでしょうか?
久保田: 明確な審査基準があるわけではありません。ただ東京都高野連に加盟申請をし、承認されなければいけない。そのためには、まず学校が申請をしなければなりませんので、学校側の理解と協力は必須です。ウチは幸い、校長が理解のある方だったので、理解と協力を得るのは比較的スムーズに行きました。しかし、打診したばかりの頃はなかなかいいお返事をいただけませんでした。
二宮: ことがすぐに進まなかったのは「危険だから」という理由でしょうか?
久保田: それもありますし、私自身、情報発信に努めてきたつもりでしたが、実際に見てもらわないとわからないことが多々あります。それで東京都高野連の理事長が「一度、練習を観させて欲しい」ということで、2023年の3月に練習を見ていただいたんです。視察の日には、東京都高野連の方々と面談もして、校長が部について今後も続いていく意思を伝えました。2022年12月に東京都高野連に加盟を打診してから、翌年の5月にようやく認可されました。
伊藤: なぜ硬式野球部ではなく、ベースボール部という名称なのでしょうか?
久保田: 今は硬式野球とティーボールを一緒にやっている部活動なんです。細かく言うと、ティーボールはベースボールではないので、球技部の方が当てはまります。でも当時の校長から「ベースボール部という名前にしたらいいんじゃないでしょうか」と言っていただいた。私もこの名前が気に入っています。横文字にすることで、いろいろな人の目に留まるようで、皆さんからいい反応をいたただいています。
【野球指導に燃えるスイッチ】
二宮: 特別支援学校だけが集まって行う野球大会はないのでしょうか?
久保田: 野球部ができなかった理由のひとつが、大会がないこと。ソフトボール、キックベース、ティーボールの大会はあるのですが、野球大会はないんです。
伊藤: 久保田さんは元々、高校野球部の指導者になりたかったそうですね。
久保田: そうですね。大学卒業後、教員試験を受けて合格し、配属されたのは養護学校(現・特別支援学校)でした。野球部がなかったので、意気消沈しました。今、思えば配属先を特に希望しなかったものだから、しょうがないと言えばしょうがないのですが......。なので養護学校ではソフトボールの指導からスタートしました。
二宮: その養護学校で出会ったある生徒の存在が、久保田先生を変えたと?
久保田: おっしゃる通りです。ダウン症の生徒が、「キャッチボールを教えてください」と私の元に来ました。その子に教えたことで目覚めたんです。キャッチボールを全くできなかった子が、ボールの握り方から腕の振り方、足のステップの仕方を学んでいき、教えれば教えるほど、段々、上達していく。うまくなるたびに、その子がピョンピョン飛び跳ねて喜ぶ姿を見た瞬間、私にスイッチが入りましたね。この子たちをちゃんと教えれば、きっとうまくなる。これなら自分の好きな野球の指導もできる、と思い、ソフトボールの指導に熱を入れて取り組むようになりました。
二宮: 野球とソフトボールは似て非なるスポーツですが、指導に関しては共通する部分も多いのではないでしょうか?
久保田: そう思います。現在、ベースボール部を創部して2年目になりますが、ソフトボール指導を始めた時と非常に似ています。まだ素人集団というような状況ですけれど。
二宮: 養護学校に赴任したのも天命だったのかもしれませんね。
久保田: そうですね。そこでそのダウン症の生徒に出会わなければ今の自分はなかったと思います。養護学校のソフトボール部も健常者のチームが出場する大会にエントリーしました。17年目にして初勝利を挙げることができた。今のウチの生徒たちと似たような状況です。その時の成功体験があるので、青鳥の子たちの成長も確信しています。それくらいの確信や確固たる信念がないと、周囲も説得できないですし、我々の活動を推し進めることはできないと思っています。
(後編につづく)
<久保田浩司(くぼた・ひろし)プロフィール>
東京都立青鳥特別支援学校ベースボール部監督。1966年1月、東京都八王子市生まれ。日本体育大学体育学部卒業(硬式野球部所属)後の1988年4月、都立養護学校教諭に採用される。2021年に東京都立青鳥特別支援学校に赴任。23年に同校にベースボール部を創部し、夏の全国高校野球選手権西東京大会に他校との連合チームで出場。今年は特別支援学校として夏の西東京大会に初めて単独で出場した。甲子園夢プロジェクト前代表。NPO法人日本ティーボール協会常務理事。
(構成・杉浦泰介)