二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2024.07.25
後編 夢は21世紀枠で甲子園出場
~野球を通じ、誰もが挑戦できる場を~(後編)
二宮清純: 久保田さんはソフトボール部の監督として17年間、障がいのある子どもを指導した後、2021年に青鳥特別支援学校に赴任しました。ベースボール部創部に至っては、いろいろご苦労もあったと思います。
久保田浩司: 彼らはそもそも野球に限らず小中学校の時の運動経験が非常に少ない。ベースボール部主将の白子悠樹(3年)も小さい頃から野球好きではあったものの「文化部に入りなさい」と言われ、中学では百人一首部だったそうです。しかし、私は子どもたちの意欲を尊重しないと教員の仕事じゃないなと思ったんです。子どもたちの"野球をやりたい"という思いが、私の東京都高校野球連盟の加盟申請を後押ししてくれた。昔から教員は子どもから背中を押される場面が多いんです。生徒の思いを考えれば、大した努力じゃありませんよ。
二宮: 創部当初はスパイクを履いたこともない生徒もいたとか。
久保田: スパイクもそうですし、ストッキングの前と後ろもわからない。野球のユニホームはアンダーシャツ、ストッキングと着用するものが多いので一苦労です。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): とはいえ、ユニホームを着る喜びも大きいでしょうね。
久保田: そうですね。生徒にとっては、憧れのプロ野球選手に近付く一歩ですから。
二宮: 親御さんも喜ばれるでしょう。息子の成長を実感できるという点でも。
久保田: 知的障がいの子どもが、障がいのないの子どもたちと一緒にできるのが運動です。勉強はクラス分けをしないと難しい部分がありますが、親御さんたちも運動なら大丈夫と考えている人が多い。でも実際には、学校側から運動部に入部することを認められず、チャンスをもらえないという現状があります。ウチにはたまたまベースボール部があって、野球ができる環境がある。だから親御さんたちも喜んでくれていますね。ベースボール部の活動が世に広まることによって、他の特別支援学校に波及効果が生まれればうれしい。前例があるとやりやすいというのは日本社会では、よくあることですから。
二宮: 右に倣えでね。"第二の青鳥"が出てくるといいですね。
久保田: そうなんですよ。どんどん増えていって欲しいです。各都道府県に1校でもあれば、わざわざ家を引っ越してまでウチを受験する必要はなくなりますからね。そうなれば、野球をやりたくてもできなかった子たちが救われる可能性が高くなる。
【実力で注目を】
伊藤: 創部前には危険だと言われて反対されたと聞きましたが、そのリスクはどの競技、どの学校にもありますよね。
久保田: 具体的な安全対策をとりました。キャッチボールをする時の各組の距離を広くしました。送球が逸れても他の生徒に当たらないようにするためです。それと振った後のバットは投げないこと。これもケガにつながる危険性がありますから。あとはベースを踏む時に足首のケガを防ぐため、生徒たちが踏む位置に印をつけ、徹底しました。今も教員がそばにいて踏む位置を指示しています。指導者も常時4人体制を敷いて練習を見ています。
二宮: そうした課題を一つひとつクリアしていくことが共生社会につながります。昨年夏の連合チームは19対23で敗れましたが、急造チームならではの難しさはなかったのでしょうか?
久保田: そうですね。最初は先方も遠慮していた面がありましたが、徐々にその壁はなくなっていきました。野球を通じて分け隔てなく交流を深めることができると改めて感じました。
二宮: 相互理解につながるのでしょうね。大人が心配するよりも子どもたちの方が馴染み合っているのかもしれないですね。
久保田: そう思います。そこはある程度放っておいたほうがいいと思います。
伊藤: 何事も本気でぶつかり合うことが大事ですね。当然、対戦相手も勝ちにきますから。
久保田: 手を抜かれてしまうと、次のステップを踏めない。子どもたちにも実力がわからないと成長につながりませんから。それに負けて悔しいと思うことも大事なことです。
二宮: 今回、夏の東京都大会は初戦でコールド負けとなってしまいましたが、初ヒットが生まれるなど第一歩を刻みました。
久保田: 単独チームでの初出場なので、あらゆることが初でした。実は特別支援学校設立は、全国でウチが一番古いんです。当時は青鳥という校名ではありませんでしたが、1947年の創立です。創立77年目にして特別支援学校の単独チームとして初出場を果たした。逆に言うと、あまりにも時間がかかり過ぎました。
二宮: 今後の目標は?
久保田: 今は初めてということだけで注目されています。本来は実力で注目される選手、チームになるべき。いずれはセンバツ(選抜高校野球大会)の21世紀枠に推薦され、甲子園に出て欲しいと思っています。21世紀枠の推薦候補校に選出されるには、秋季都大会でベスト8以上まで進出することが、最低条件と言われています。そこまでの実力をつけるには、時間がかかるかもしれませんが、障がいのある子どもが野球をすることがもっと当たり前になれば、実現不可能ではないと思っています。物珍しさではなく、実力で注目されるようになりたい。ウチの生徒が注目の選手として紹介されて、後付けで学校名が紹介されるくらいになればいい。それが私の夢です。
(おわり)
<久保田浩司(くぼた・ひろし)プロフィール>
東京都立青鳥特別支援学校ベースボール部監督。1966年1月、東京都八王子市生まれ。日本体育大学体育学部卒業(硬式野球部所属)後の1988年4月、都立養護学校教諭に採用される。2021年に東京都立青鳥特別支援学校に赴任。23年に同校にベースボール部を創部し、夏の全国高校野球選手権西東京大会に他校との連合チームで出場。今年は特別支援学校として夏の西東京大会に初めて単独で出場した。甲子園夢プロジェクト前代表。NPO法人日本ティーボール協会常務理事。
(構成・杉浦泰介)