二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2024.10.17
前編 感無量の金メダル
~ゴールボールの伝道師に~(前編)
2024年のパリパラリンピックでゴールボール男子日本代表は悲願の金メダルを獲得した。守備の要としてチームに貢献した田口侑治は2017年にリーフラス株式会社に入社後、競技の普及やインクルーシブ社会推進のための講演、競技体験会・ブラインド研修などにも力を注いできた。その田口にゴールボール、共生社会への想いを訊く。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): まずはパリパラリンピック金メダル獲得おめでとうございます!
田口侑治: ありがとうございます! 東京大会で悔しい思いをしたので、リベンジできて良かったです。
二宮清純: パラリンピック初出場となった東京パラリンピック大会終了後に一度現役を引退しました。その理由は?
田口: 準々決勝の中国戦で負けたのがショックだったんです。自分のパフォーマンスのせいで負けたと思ったので、"ここまでかな"と引退を決意しました。その後、1年間、いろいろな活動をさせてもらいました。ひとつは育成コーチ。自分が教えるにあたり、まだ指導力が足りないと気付き、もっとゴールボールを知らないといけないと感じました。そうした中でゴールボールを純粋に楽しめるようになってきた。
二宮: それまでは楽しめていなかった時期もあったんでしょうか?
田口: 勝負の世界なので、プレッシャーを感じながら勝ちを求めていくことが正しいと考えていた。それが競技の楽しさを再認識したことで、もう一度現役に戻ろう、と。これからは自分を追い込み過ぎるのではなく、楽しむことを全面に出す。例えば試合前のアップでダンスをしてみたりとか......。
二宮: ダンス!? それは面白いですね、
田口: ゴールボールのことばかり考えるのではなく、違うアプローチで試合に入るようにすると、無駄な力が入らず自分自身のパフォーマンスも良くなりました。それには理由があり、格闘技選手が入場シーンで踊ったり、リズムを取っている姿を観て、取り入れるようにしたんです。
伊藤: 試合直前はリラックスすることを重視したんですね。
田口: そうですね。試合までの準備段階から自分を仕上げておいて、当日は整える作業に入る。ゴールボールは練習するアップ会場と、試合を行うメイン会場があり、メイン会場でも試合前は練習している選手が多い。私のように踊っている選手は珍しいんです。
伊藤: 決勝は延長戦の末、4対3でウクライナ代表を破りました。
田口: 私は試合中のケガで右肩を痛めていて、あまり決勝のことを覚えていない。準決勝が終わった後、右肩が全く上がらなかった。痛み止めを打ってなんとか先発出場したものの「後半は無理かもしれない」とチームには伝えていました。高めのボールに飛びつくのが困難でしたから。ただ決勝はボールが弾みにくかった分、守備側としては守りやすかったのが私には幸いしました。
【アウェーで燃える】
二宮: 大会によってボールが異なるのでしょうか?
田口: 使用しているボールは同じはずなんですが、微妙に跳ね方が変わってくるんです。男子はパワーがありますから、使っていくうちにボールの表面が変わり、徐々に弾みやすくなるんです。表面がボコボコになるほど何度もコートに叩き付けられるボールの気持ちになれば、"勘弁してくれよ"ということかもしれませんけど......。
二宮: それは面白いですね。戦っている選手にしかわからない微妙な感覚なんでしょう。試合は日本が2点を先取しながら追いつかれました。
田口: ウクライナとは相性が良かったので悲観的になることはありませんでした。私たちがパリパラリンピック出場権を獲得した「バーミンガム2023IBSAワールドゲームズ」の準決勝で対戦し、延長戦で勝ちました。パリパラリンピックでも試合終了間際に追いつかれ、3対3で延長戦に入ったものの、"勝てるだろう"という自信がありました。
二宮: ゴールボールの選手はボールに内蔵されている鈴の音を頼りにプレーするため、観客は試合中、静かにしていなければいけません。パリの観客のマナーはどうでしたか?
田口: 基本的にはいいのですが、白熱するとゴールが入りそうな時に、ワーッと沸く。それが理由で試合が中断されることもありました。ただ私としては、それくらい白熱してくれる方が燃えますね。私自身、アウェー戦が好きなんです。相手のファンが盛り上がれば盛り上がるほど、ひっくり返してやりたいという気持ちになる。
二宮: 金メダルを獲った日本ですが、世界ランキングは6位、大会ではダークホース的な存在でした。
田口: そうですね。下馬評はブラジルと中国の2強と言われていました。世界を驚かせるに十分な結果だったと思います。これまで世界の壁に跳ね返されてきましたから。私自身、2017年に代表入りして初めて国際大会に出場した際には、対戦国の選手とは体のサイズも違い、"これは敵わないかもしれない"と思ったこともありました。ゆえに今回の金メダルは感無量でした。
伊藤: 今後の目標は?
田口: 日本の連覇がかかるロサンゼルスパラリンピック出場を目指します。そして選手として金メダルを獲得できたので、いつかは指導者としても世界一を経験したい。いずれにしても、そのためにはもっとゴールボールを学ばなければいけません。さらに言えば、イベントや講演、またこういったインタビューも含め、いろいろな経験を積むことで指導力、人間力を高めていく必要があると思っています。
(後編につづく)
<田口侑治(たぐち・ゆうじ)プロフィール>
1991年2月16日、広島県出身。10歳の頃、遺伝性の網膜色素変性症を発症。小学1年から高校3年までの12年間、剣道に打ち込んだ。段も保有する腕前。高校卒業後、調理師免許を取得し、一度は料理人の道に進むが、視覚障がいにより断念。その後、国立障害者リハビリテーションセンターでゴールボールと出合い、競技を始める。高い守備力が評価され、2017年に日本代表入り。パラリンピックには2大会出場(東京、パリ)出場し、パリ大会では金メダル獲得に貢献した。リーフラス株式会社所属。
リーフラス株式会社
(構成・杉浦泰介)