二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2025.04.24
後編 乗馬の癒し効果
~「新しい社会をつくる」"共助"のプロジェクト~(後編)
二宮清純: 9つのパラスポーツ団体で構成する「P.UNITED」(PU)は、それぞれの強みや課題を補完し合っていると伺いました。河野さんが事務局長を務める一般社団法人日本障がい者乗馬協会(JRAD)は、どこが強みと捉えていますか?
河野正寿: 弊協会の機能としての強みは、公益社団法人日本馬術連盟や日本中央競馬会(JRA)とコミュニケーションを比較的取れているところだと思いますね。先日、PUのイベントにもパリオリンピック馬場馬術の銅メダリスト戸本一真選手に参加していただきました。JRADの理事やパラ馬術の強化本部に私を含め、日本馬術連盟に関わっている人が多いことが理由です。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 河野さん自身は、会社員を辞めてJRADに入られたそうですね。
河野: おっしゃる通りです。元々は食品会社に勤めていました。学生の頃、馬術部だったということもあり、その関係で会社員時代は馬術大会の審判などでお手伝いをさせてもらっていました。それでJRADから誘いを受け、2018年、JRADに転職しました。
二宮: 転職に迷いはなかったですか?
河野: 今、思えばなかったですね。前の会社に20年勤めている中で、ご縁があり、このお話をいただいた時に、"そういう生き方もいいかな"と思ったんです。これまではずっと自分の好きなことばかりやってきました。このタイミングで障がい者馬術という世界に飛び込み、"誰かのために生きてみるのもいいんじゃないか"と思い、決断しました。
伊藤: そもそもJRDAに繋がりはあったのでしょうか?
河野: いいえ、全くなかったんです。ルールの似ている一般の馬場馬術に長く関わってきたとはいえ、パラスポーツ競技団体運営のことは、ほぼ知らない状態でした。
二宮: JRADには、JRAから出向されている人はいるのでしょうか?
河野: JRADにはいないですね。日本馬術連盟の方は約半数の職員がJRAからの出向者です。
【リハビリ機能も】
伊藤: 河野さんのように民間企業で20年勤めたことで得た経験値やノウハウを、各パラスポーツ競技団体に生かしていただけるのは、とても大事なことだと感じています。
河野: そういうふうにおっしゃっていただけると、とてもうれしいですね。オリにしてもパラにしても、競技の世界しか経験してこなかった人の強みは、もちろんあります。一方で私のように自分たちの競技をある種、俯瞰した視点で見られることも良いことだと考えています。
伊藤: パラ馬術には「フレンドリーホース」と呼ばれる演技中の馬を落ち着かせるための馬がいる、と聞きました。馬が背中に障がいのある人を乗せた時、バランスがとりにくそうな様子を感じ取り、緊張することがあり、その緊張を「フレンドリーホース」に
見守られることで緩和されることがある、と。私はそのルールを知って、すごく素敵だと思いました。
河野: 一般の馬場馬術では「フレンドリーホース」は許されておらず、パラ馬術特有のルールです。事前に「フレンドリーホース」として申請し、認められた馬をコースの近くに控えさせることができます。この「フレンドリーホース」の存在により、演技中の馬が落ち着くことができるんです。これは競技の安全性に配慮したもの。馬は集団行動する動物ですから、傍に仲間の馬がいることでリラックスできる。一般の馬場馬術という競技でこの規定は許されておらず、これはオリパラの競技性の違いも影響しているのかもしれません。
二宮: よく動物とのふれあいによって心身が癒されるアニマルセラピーという療法を聞きます。主に犬などのペットで聞きますが、馬にも?
河野: もちろん、馬にも癒しの効果があると言われています。例えば自閉症の子どもが馬と親しむようになって、元気になるというケースがある。よく訓練された馬は攻撃性がない。正しい合図をすれば一定の反応を示してくれます。そのため他人や社会に対して心を閉ざしてしまう子どもでも、馬に対しては心を開き自発的な行動をとるようになるという事例があります。あとは馬に乗ることで、普段使わない筋力が鍛えられるそうです。股関節が柔らかくなることもあります。
二宮: 確かに乗馬には、筋力もバランス感覚も必要です。リハビリ機能も果たしているわけですね。
河野: そうですね。そういったことも含め、我々、JRADとしても乗馬を「セラピー」として推進しています。パラ馬術は肢体不自由のある方と視覚障がいのある方だけが競技者資格を持ちますが、その方たちだけを限定していても競技人口は増えていかない。我々の事業目的である、「すべての障がい者に対し、馬を介して自己実現を図っていくことへのサポート」を推進し、その中でパラ馬術に合致する選手が増えてくることが理想です。その入り口を狭めるのは良くないと思っているので、パラ馬術の選手発掘・強化だけに絞るのではなく、セラピー事業にもっと力を入れていきたいと考えています。
(おわり)
<河野正寿(こうの・まさとし)プロフィール>
P.UNITEDプロモーションチームリーダー。1974年、東京都出身。高校・大学と馬術部に所属し、卒業後は会社員の傍ら、馬場馬術競技の審判や競技運営を行う。東京2020パラリンピック開催を期に障がい者馬術(パラ馬術)を支援するため、2018年、日本障がい者乗馬協会の事務局に転職した。一般社団法人日本障がい者乗馬協会事務局長、公益社団法人日本馬術連盟馬場馬術本部委員などを務める。2023年に発足した9つのパラスポーツ競技団体による共同プロジェクト「P.UNITED」では、プロモーションチームリーダーとして、広報活動に力を注ぐ。好きなスポーツは駅伝。
P.UNITED
(構成・杉浦泰介)